幽閉人魚エピソード

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海中神殿にてアトラスと夏はいつもの如く夏期のこの時期をまったりと過ごしていた。

夜の月明かりに照らされる海中神殿は神秘的なものだ。

遊び疲れたのかアトラスは夏の膝に頭を寝かせてすやすやと眠っていた。

海中神殿を照らす月を見つつふと夏は思いふける。


「あの異変があったのもこんな満月の夜だったかな。」


ボソッと一人呟く。

周りには誰もいない。

静かな夜だった。

水面に映る自らの顔を見ながらとある人物を思い出す。

その存在は人魚だ。

かなり特殊で極めて危険な能力持ち。

彼女に魅入られ命を投げ出した者は数知れない。

海の姫。

魚の姫。

今だに謎が深く…その存在を知るものは少ない。

そんな彼女は幽閉されている。

彼女の名前は…………。


ガチャ…ン!!! 


海底の奥深くで何かが壊される音がした。


【幽閉人魚姫開幕。】


この日もいぬこ達はアトラス達と遊ぶ約束をしていた。しかし今日は、海で遊ぶわけじゃない。

陸で遊ぶことになったというのも、今日は満月の夜ということで肝試し大会が行われる。

それにアトラスを誘ったのだ。

アトラスは陸には遊びに行ったことがないらしい。

なので予想通りの反応ではしゃぎまくる。


「え!そんな面白いことがあるの!陸ずるいよ!いいなー…。」


アトラスが目を輝かせながらはしゃいでいると親のような眼差しでアトラスを優しく見守る夏が目に入り思わず笑みが零れそうだ。


「夏様も行こー!」


「いや…今回はやめておくぜ。神殿の仕事もあるからな。」


申し訳無さそうな表情を見せる夏。

もっと残念そうな顔でいるアトラスがそこにいた。

慌てて慰めようとはするがアトラスはそっぽを向いてしまうばかりだった。


「仕方ないんだ…アトラス。万が一海に何かあってからじゃ遅いからな。仕事として…」


「もう知らない!なっちゃんのばかー!」


「こら!なっちゃん言うなー!」


べーと舌を出し陸に走り去っていった。

頭を抱える夏にいぬこが声をかけた。


「…何かあったんですか?夏様。」


心配するいぬこに夏は不安を語った。

過去の異変について。

人魚という存在。

聞いたことはある。

江野町商店街の古本屋に人魚に関する本を手にしたことがある。

人魚は半分が人で半分が魚。

でも、ただそれだけじゃない。

人魚は海では希少な存在かつ地位が高いとされる。

また、強力な能力を持ち恐れられていた。


「人魚は美しく。希少で。やばい存在だった。何もしなければ…手を加えることは無かったんだが…あいつは…陸の者も海の者も自分の私欲のために殺めちまっていた。ただ一番たちが悪いのは…悪気がないこと。あいつは自身の能力で対象を思いのままに操る。要らなくなれば自身の食料として…。」


江野町商店街の古本屋で読んだ本。

タイトルは「幽閉人魚【魚姫】」


「まさか…」


「ああ…そのまさかだ。…アタシは人魚が危険だと感じて退治しに行った。そして強固な封印術式も施しちょくちょく見に行っていたんだが、警備が殺られていたんだ。」


「…なんで…。」


「決まっているだろう…。狙いはこの日肝試しに備えたんだ。力を取り戻すために。」


夏は険しい表情で海を眺めていた。


「だから…悪い。アトラスを頼むよ。」


「……何とかできるの?夏様。」


「なんとかするしか無い。この時期の守護者として…いい夏期を届けるのがアタシの役目だからな。」


ゆっくりと海中神殿の方向へ向け去っていく夏を見送るいぬこ。

胸騒ぎがしてたまらなかった。

何事もなく肝試し大会が開催された。

肝試しの内容としてはスタートは森から海沿いに立ててある謎の祠まで無事にたどり着き御供え物を置いて元いた場所に帰ってくるというものだ。

これを聞いたものは一見単純そうに見えるが大間違いだ。

脅かし役にはこの時期になると必ず現れる多数の幽霊たちが協力してくれている。

どうやら幽霊たちにとって肝試しは楽しみの1つらしい。


「えー!今から適当に描いた地図をお渡ししますので!肝試しに参加される方は受け取ってくださーい!」


アナウンスが流れる中。

アトラスはリューコにくっつきながら楽しそうだ。


「ね!お姉ちゃん?」


「なに?」


「お姉ちゃん…おばけ怖いの?」


「は?お化けなんて別に怖くないわよ。」


「あのね…私はちょっとだけ怖いんだ。」


「…大丈夫よ。逆に脅かし返してやればいいのよ。」


リューコはこの時少しお姉ちゃんっぽいとなんか心の中でニヤけ付いていたことはアトラス以外にバレバレだったらしい。

多くの他種族が混合する肝試し大会が開始。

いぬこたちもチーム分けを済ませると順々にスタートを切っていくのだった。


森は暗くて不気味な雰囲気を漂わせている。

次々に肝試しへ挑戦する者の悲鳴が森のあちこちから聞こえる。


「きゃあああああ!!!」


「うわあああああ!!!」


いつくもの声が飛び交っている。

後に挑戦する者のたちへ恐怖を与えてくる。


【いぬこ&鬼神椿ペア】


「なんか…久々だよな。俺ら?」


「そうかな?でもこうして一緒に隣歩くのは初めてかもね?」


「いぬこは…霊とか怖くねぇのか?」


「まぁ…慣れっこというか…?」


「そうか。流石だな。」


他愛ない話を繰り広げながら奥へ進んでいく。

あらゆる方面から舐め回すような視線を感じその瞬間に背後からものすごい数の幽霊たちが追いかけてきたのだった。


「うわあああああ!!」


「これは流石に多すぎだろ!これ捕まったらどうなるんだー!?」


「んやっ!わかんないよー!!」


「とりあえず逃げるしかねぇ!!」


【黒上いぬお&システィペア】


「よろしくね…。」


「システィどうしたんだ?」


「いや…私苦手なのよね…こういうびっくり系…。」


「そうなのか?以外だな…システィって天使っぽいから…一緒にいると魔を祓うみたいな効力ありそうで楽勝って感じしてたんだけどな。」


「まぁ…半分は天使で半分悪魔が私何だけど…残念ながら…今の私にはそんな大層な能力は無いわ。…あと天使っぽいじゃなくて天使でもあるし悪魔でもあるわ。」


「そっか。手でも繋いどくか?」


「え?」


「だって怖いんだろ?」


「……だ、大丈夫よ。」


「そうか?」


「ええ!勿ろ…」


「あっ!お化け!」


「ぴゃああああっ!!!」


「…………。」


「…………。」


システィは慌てていぬおに飛びつき振り返るとそこには何もなかった。

システィは我に返るといぬおをくやしそうにキッとにらめつける。


「やっぱり怖いんじゃねぇか。」


「…あなた…いぬこにチクってやるからね。」


「え!?ちょっ!」


「ふんっ!いぬおのばか!」


いぬおを突き飛ばすとぷりぷりと怒りながらシスティは1人森を突き進んでいってしまう。

慌てていぬおが謝罪しつつあとを追いかけていくのだった。


【ツキノ&システィアペア】


「さぁ!行きましょう!」


「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜……………。」


「ほら行きますよ。システィア。」


「はぁぁああああ……。」


システィアはとてもわかり易く機嫌が悪い様子だった。


「溜息つくまくると幸せが逃げますよ?」


「もうすでに幸せは泡となり消え失せました。萎えます。しんどいです。まじで病み期なのです…。」


「仕方無いでしょう?くじ引きなのですから。」


ペア決めの際はくじ引きだった。

その際に姉であるシスティと一緒がよかったシスティアは落ち込んでいるのであった。


「何故ですか…日頃からあんなにも姉様を愛しているというのに…私はなぜ!よりにもよって…うぅっ…。」


「じゃあ…ボクらが優勝してシスティアがその優勝商品システィにプレゼントしたらどうですか?」


「……なに?」


「噂によればこの肝試し大会に優勝すると珍しいお宝をGETできるらしいですよ?むふふっ…」


「へぇ…。恋敵(ライバル)にしてはいいこと言いますね。わかりました。仕方無いですが…一時協力してあげます。とっととこんな茶番終わらせてやりますです。」


「むふふっ…そうこなくてはです。」


【リューコ&アトラスペア】


「それでは次の方〜!」


肝試しの入口で御供え物を手渡しされ森へと足を踏み入れ進んでいく。

リューコが少し前に出てはぐれないように手を繋いで歩いていく。

陸にあまりなれないアトラスは少しふらつくが歩けている状態。


「アトラス。アンタ大丈夫?足元、気をつけるのよ?」


「ありがとう。お姉ちゃん…。」


当たり前だけど肝試しだけあって暗いし不気味な雰囲気が充満しているのがリューコには感じ取れる。


「これが肝試しなのね…。不気味で気持ち悪いわね。」


「お姉ちゃん怖いよ…。」


「大丈夫よ。」


アトラスの小さな手を引きながら森を進んでいく。

道中で彷徨い霊に何度か出会い追いかけ回され2人が全力疾走でゴールである海沿いへ突き進んでいく。


「ぐぉぉぉお!!」


「きゃああああ!!!」


「アトラス!いくわよ!」


「うっ…うん!」


なんやんかで全チームは様々なトラップに引っかかっている様子だ。

それから…2時間位が経過した。

ほとんどのペアは戻ってくる中、リューコとアトラスだけがまだ戻ってきていないという事態になっていた。


「これにて!肝試し大会を終了としまーす!お疲れ様でしたー!」


「は?ちょっと司会!まってよ!私達の仲間がまだ帰ってきてないわ!」


肝試し司会は首を傾げながらいぬこ達を不思議に見つめる。


「そんなはずはないですよ!ちゃんとうちのスタッフがカウントして進めているのですから。」


「じゃあ!なんでリューコとアトラスがいないの!」


「リューコ?アトラス?そんな参加者いませんよ?」


司会はスタッフたちから事前に預かっていた参加者名簿をいぬこたちに手渡すとリューコとアトラスの名前はどこにもない。


「こんなの!書き忘れじゃないの!?」


いぬこが目の前の出来事を受け入れることができず司会に怒っていた。

いぬおがいぬこを止めに入ると冷静に椿達がスタッフ達に聞き込みを入れるが確かな情報が得られなかった。

最初からリューコとアトラスがその場に居なかったようだ。

それにしてもおかしかった。

いぬこ達はリューコとアトラスを視認しているのに他の第三者からの目から存在事消えてしまったかのようだった。

最終的に肝試し大会は終了。

司会やスタッフ達は片付けを済ませ消えていった。


「いったい何が起きてるんだ…」


「リューコとアトラス…どこに行っちゃったのかな…」


【深海幽閉監獄にて】


ガチャン!!


「…ふふふ…。残念。また1人…。」


「ぐあぁ……。」


「ほら…私のこと。好きなんでしょ?頑張って。」


「ぐあぁあああああ!!!」


看守の一人の男がじわじわと悲痛の声をあらげていた。

看守の男を包み込むように抱擁を交わす人魚。

彼女は【魚姫】

魚姫は何らかの方法で看守の目を盗み夏が施した封印術式を解除に成功。

脱獄に成功した。

能力持ちの人魚はかなり強力だった。

脱獄に気がついた看守の達は彼女の能力により全滅。

現在も逃走中。

陸の近くまで逃げ果せた魚姫は陸の者の話を耳にする。

近々沢山の魂が陸の近くに集まるらしい。

魚姫は監獄にいた時は一般的なご飯しか与えられていなかったため、まだまだ空腹だった。


「ねぇ…そこの人?私にもそのお祭りの話。聞かせて?」


「え?あんた誰…?」


「いいから…教えて。」


男も女も関係無い。

自我を無視したその能力は危険すぎた。


「は…はい。」


男はべらべらと喋りだし話し終えると魚姫に飛びかかる。

魚姫は慣れているのか男をキャッチするとそのまま海へ引きずり込んでゆく。

男は暴れることはせず静かに沈んでいく。


「ふふふ…。良い食事。いただきます。」


可愛らしい容姿とは裏腹に豪快に男にかぶりつくその姿は血に飢えた魔物のようだ。

こうしてしばらくのうちに魚姫は力をつけてしまうことになった。

再び海沿いに来ていた獣人の男を能力を使い食事を試みたが魚姫の背後から聞き覚えのある懐かしい声が聞こえた。


「太るぞ。人魚。」


振り返るとそこに居たのは夏期の管理者夏。

魚姫を封印した本人。


「あぁ…夏様…。会いたかった。」


「久しいな…人魚。出て来たなら、最初に会いに来てほしかったぜ?」


「たしかに…いち早くも夏様にお会いして…私の手で直接殺してあげたかった。…ですが…残念ながら…食欲には勝てなかったの。」


「……そうか…。お前はやっぱり封印じゃなくて…殺しとくべきだったな。」


「ふふふ…また貴方と殺し合えるのは嬉しいですけれど…まだまだ力をつけてから圧倒的力で殺してあげるね。」


「逃げるのか?」


「追ってきてもいいですが…追えるものなら追ってきていいですよ。ふふふ…」


不敵な笑みを浮かべると魚姫の周りには魚姫の能力により操られている無害の海の民たちが数百体と夏の行く手を阻んでいる。


「ちっ…お前…いつの間に…。」


「ふふふ…みんなみんな。私を好きになった人。好きな人の為なら命も惜しくない!私は幸せ者ね。」


「ふざけやがって!!」


夏は先手で攻撃を仕掛けようとするが、攻撃する方向に空かさず飛び込んでくる操られた海の民。


「っ…」


「残念。じゃあ…またね。夏様。」


「傷付けなきゃいいんだろ。」


夏は海流を操り渦潮を創り出す勢いよく回る海流に海の民は吸い込まれるように飲まれていく。


「………っ…」


「あまりナメんじゃねぇ。」


「ふふふっ!あはははっ!夏様は…わかっていない!わかっていないよ…。」


「なんだと?」


「想いは常識を覆す。」


先程の渦潮は逆回転を始め相殺された。


「なっ…!?」


「夏様。これが愛の力です。では…私はこれで。後は任せました皆様。」


「クソが!待ちやがれ!!」


未知を阻む海の民。

彼らに罪はないが無力化するしかなかった。


「…くそが……。」


無力化するのに時間がかかってしまった。

残念なことに魚姫を逃がしてしまった夏は急いでこの事をいぬこたちに知らせようと陸に向う途中。

さばききれなかった残党に背後を取られてしまう。


グサッ…


「っ!?…厄介だな…っ…。…しかもこれは……なんだ…身体の自由が……。」


十分に警戒していたはずだったが、深くにも背中に何か刺された。


「「さぁ…私に尽くして。」」


頭に語りかける様に魚姫の声が聞こえてくる。


「アタシを操ろうっていうのか…っ!!ぐっ…ぁ…」


「ふふふ…夏様には私の能力が効かない。でもそれは外側だけ。内側なら話は別。」


「き、貴様…っ!!…」


「ほら…素直になって。私に尽くしてよ。」


身体が熱くなり抗おうとすればするほど息が出来なくなっていく。


「(…せめて…………。誰かに…知らせ………。)」


夏は最後の力を振り絞り海中から水槍を海上に向け飛ばした。

それは勢いよく打ち上がり月明かりに照らされて水花火のように天高く咲いた。

ちょうどその頃、海沿いの祠に辿り着いたリューコとアトラスにその光景が目に入る。


「アトラス?どうしたのよ…。」


アトラスは知っていた。

水花火は夏の技の一つだと。


「お姉ちゃん…なにか嫌な予感がするの!!」


「ど、どうしたのよ?」


「今さっきの水花火は夏様の技なの。でもあの技はかなり集中しないとあんなにも綺麗に咲かないの!!」


「良くわからないけど…あの…神殿のやつが危ないってこと?」


「…うん…。」


「いぬこたちに知らせるべきだわ。」


「それじゃ遅いかもしれないの!……じゃあ!私一人でも行く!!」


アトラスは一人の走り出しそのまま海中神殿に向かって海へ飛び込んだ。


「ちょっ!アトラス!!…っ!もぉ!!」


リューコもアトラスの後を追っていくのだった。


「…魚姫様の為に。」


リューコ達の背後を観察していた幽霊が静かに呟いていた。

一方その頃いぬこ達も海中神殿へと向かっていた。


「で?その…なんだ?魚姫だっけ?やべぇやつが復活と関係があんのか?」


「わかんない…。でも…なんだろう…すごく嫌な予感がするの。」


「なんの根拠も無いかもしれないけれどいぬこさんについていると何かと色々ありますよねぇ…。」


「ちょっとツキノ!」


「むふふ…ボクは冒険みたいですきですけどね!」


「うわ…空気読めなさすぎです…バカうさぎ…。」


そうこうしているうちに海中神殿へ到着するが夏様の気配がない。

周囲をくまなく探すが夏様はどこにもいない。

海中神殿から外へ出ようとした時。

神殿を突き破りリューコとアトラスが飛び出してきた。


「きゃああああっ!!!」


神殿の床に叩きつけられそうになるがいぬこと椿が瞬時に動き2人をキャッチする。

アトラスは全身が傷だらけでリューコも傷だらけだった。


「いぬこ…アイツ…なんか…様子がおかしい…。」


「アイツ…?」


「おい!いぬこ!アトラスが意識がねぇんだ!」


「…え…?」


「どいてください!!」


システィアがその場に入りアトラスの意識を戻そうとする。


「かなり…ひどい状態です!姉様!!姉様もお願いします私1人では…!」


「わかった!!」


「………アト…ラス…。」


リューコが思い詰めたようにアトラスを見つめていたが何があったのかをいぬこ達に話した。

リューコとアトラスが水花火を見た場所まで向うとそこには夏様と女がいた。

様子がおかしいと感じたときには変な奴らに囲まれていた。

なんとか2人で蹴散らしたんだが夏様と戦闘。

返り討ちにあった。


「ただ様子が変だった。アトラスの状態を見ればわかる。」


「本気だったんだ。あの野郎。アトラスはリューコを守ろうとした…んだ…。リューコは…姉…失格…。」


「…そんなことねぇだろ。」


椿が悔しそうに泣いているリューコの頭に手を奥と優しく撫でて慰める。


「お前はちゃんと姉貴してた。」


「椿…。」


「いぬこ…。」


「わかってるよ。…いぬお!リューコをおねがい!」


いぬこはリューコをいぬおに任せると椿と一緒に海中神殿を後にしようとする。


「コラコラ!いぬこさんも!椿さんも!」


システィアが2人を呼び止め手招きをする。

ちょん…と人差し指を2人の額に当てると何か全身をが包み込むように広がり浸透していく。


「……殴り込みに行くなら加護を入りますよね?」


システィアにはお見通しだったようだ。

システィアの加護を付与された2人は他のメンバーを残し海中神殿を後に海へと飛び込んだ。

夜の海だが月明かりに照らされている為少しだけ明るい。


「リューコからの話によればこの辺り…」


「いぬこ!」


いぬこが辺りを見回していたその時、椿がいぬこに迫る攻撃に気付き反射的に攻撃を防いだ。


「随分攻撃的だな。夏様だっけ…か?」


いぬこ達の目の前にいたのは夏様だ。


「……………。」


夏様の目に光はなかった。

間違えなく何かがおかしい。

更に二人の前にもう一人の人影が姿を現す。


「うわぁ…凄いわ…あなた達…陸の人達よね?」


リューコの行っていた通り…たしかにいた。


「貴方が…魚姫。」


「へぇ…なんで名前知ってるのかな?」


「貴方の本があったから読んだの。」


「そう…。なんて書いてあったのかな?」


「貴方は魔性の能力で無差別に食事という名目で多くの人を殺した殺人人魚姫と記されていた。」


「まぁ…そうだね。でもさ?仕方ないじゃんね?あなた達はお腹すいたらどうするの?食べないの?殺さないの?…殺すでしょ?生きていくためには食べないと駄目。違う?」


「いや…人魚である貴方は食べなくても存在できる。」


「それは誰が決めたのかな?その人連れてきてよ。食べるから。そんなの勝手に決められてたまるかよ。私は私の中に生きたい。その中に食事は不可欠なの。長く生きるということは地獄。私は食べることが幸せなの。」


「あのさ…どうでもいいから。お前…黒幕なんだろ?アトラスやリューコあんなふうにしたの許さねぇから。」


椿がキレ気味で怒気を放つ。

空気が一変し、魚姫の表情も邪悪に変わる。


「私はしてないんだけどね。私は見てただけ。アトラスだっけ?あの子の健気なところを見てときめいてたわ。なっちゃん!なっちゃん!目を覚まして!なっちゃん!ってね。泣きながらボロボロにされてた。見ていてすっごく可愛かった。」


「………………。そうか。お前の言いたいことは…わかった。」


「わかってくれたんだ?いい人だね。」


「だから…ぶん殴って謝らせる。」


「……じゃあ私が勝ったら…辱めたうえで食べてあげるね。」


「じゃあ…夏様は私が相手する。」


「任せる。」


ドクン…


「…………。(まただ…。なんだろう…この感じ)」


「……………。」


「じゃあ…始めよっか。」


ニコリと不敵な笑みを浮かべる魚姫の合図で互いに飛びかかった。

椿は抜刀し魚姫に勢いよく斬りかかる。

しかし魚姫は泡になって消える。


「はずれ。太刀筋は良いけれど単的すぎるね。」


「そうか。じゃあ…避け切れないくらいに早けりゃいいんだろ?」


「そうだね。そんな事できるの?」


「じゃあ…見せてやるよ。鬼の力。」


ギラリと紅く光る瞳。

椿は殺気を纏っている。

椿は鬼刀紅丸を構える。


「ふふふ…様になってきているけれど果たして通じるかな?」


余裕な素振りで手を抜いていたのであろう。

魚姫に椿の刃が瞬きのうちに喉元へ突きつけられる。


「っ!!!?」


反射的に躱していなければ間違えなく即死。

空かさず2撃目が来るときには腕を取られていた。


「なっ…!!?この!!!」


魚姫は反撃を返そうとするが間合いに入りこまれた接近戦では椿のが上だ。

そのまま胸ぐらを掴まれ海上に引っ張り上げられ地上に叩きつけられる。


「そろそろ…地上が恋しいからよ。場所。変えようぜ。おらあああっ!!!」


「っが!!」


椿は容赦なく魚姫をグーパンで殴り続ける。


「あははははっ!!!」


椿はなにかに取り憑かれたような形相。

鬼の力は使えば使うほどに自身を蝕む呪いのような力。自我をこの時半分失いかけている。


「殺してやる!殺してやる!お前は俺が!殺してやる!あははははは!!!!」


一方でいぬこと夏様も激戦を繰り広げていたが、魚姫の力が弱まったことにより夏様は戦いの最中で自我を取り戻すことに成功。

急いで椿達がいる海沿いへ向かった。

魚姫は倒れ跡形が殆ど無い状態。

夏様といぬこは唖然としていたがこれ以上はなにか嫌な予感がしたいぬこは椿を止めに入ろうとするが明らかに正気ではない。


「椿!もういい!もういいの!やめて!!」


「離せ!!俺はこいつを殺すんだ!俺は!!こいつに!!!わからせてやるんだ!!!」


椿を羽交い締めにして止めようとするも鬼神化している椿の力は化け物じみている。

精神に語りかけるようになんども椿をを呼んでいるがなかなか骨が折れる。


「離せって言っているだろう!!」


いぬこの拘束を振り払おうとするがいぬこがもしもここで離してしまえば椿はきっと遠くに行ってしまう気がした。


「離さない!!」


「離せ!」


「離さない!!」


「お前えええっ!!!」


更に椿の力は増幅していくばかり、このままでは本当に椿じゃなくなってしまう。

焦る気持ちの中いぬこの中で何かが鼓動する。

ドクン…ドクン…。


「っ…………!!?こんなときに…っ!」


身体の奥からじわじわと何かが上がってくるような感覚。


「ぐっ…あっ…」


「いい加減に…離しやがれよ!!!」


いぬこが力負けしそうな時。

空気が一変する。

その場にいたいぬこ以外の全存在に電流が走ったような違和感を感じる。


「…な…なんだ…これは…。(この感覚…。紫陽花の時の戦いで…感じたあの感覚に似ている…。)」


「やめてって…言ってるよね。…椿。」


椿はその身で感じる恐怖。

今までにこんなことは一度もない。

椿は生唾を飲む。

肩に手を置かれているだけなのに、まるで岩が乗っかってるみたいにずっしりと重みを感じる。

いぬこの瞳は真紅のように赤く染まっている。


「いぬこ…」


「……………。」


「…わかったから…手をどけろ。」


椿は我に返る様に落ち着きを取り戻した。

その様子をいぬこは確認するとスッと何事もなかったように赤い瞳は元通りの色に切り替わっていた。


「…………。」


「どうしたの?椿…?」


「……いや…なんでもねぇよ。…それよりも…。」


椿の横で倒れて泡吹いている魚姫。

さっきまで原型を保っていないほどひどい姿だったのに、今では元通りになっている。


「驚いたか…?」


いぬこ達がまじまじと倒れる魚姫を見つめていると背後から呆れたような声で夏様が説明する。


「こいつは人魚だ。人魚事態かなり珍しいことから能力が複数あると言われてる。こいつは再生能力も化け物じみている。殺すことは難しい。言葉ではどうとでも言えたものだが…さっきのその鬼のお嬢さんが再生不可能なまでにボコしても散りばった肉片が一欠片でも残っていれば…この通り再生しちまうってことだ。だからこいつは厄介なんだ。」


「で…こいつはどう落とし前つけさせるんだよ。」


「勿論…二度とこんなことがないようにアタシの技で制御することにするよ。本当は嫌なんだけどね。」


夏様は倒れる魚姫の首を掴む

魚姫はハッと目を覚ました時には事が済んでいた。

夜空の月明かりに照らされながら横たわる魚姫は小さく呟く。


「ん……私は…負けたの…ね。」


「ああ。お前は負けた。呆気ないものだった。世界にはアタシ達より強いやつなんてめっちゃいることが痛感しただろ。」


「…私を負かしたあの鬼の娘は?」


「今日は帰らせたよ。明日お前も連れて謝りに行かせるから覚悟しておけよ。魚姫。」


「はっ…くだらない。私がそんな命令聞くとでも?」


「聞くしか選択肢はないぞ。お前。」


「なに?」


「試しにアタシに攻撃してみなよ。」


余裕ぶってニコニコと笑う夏はわざと魚姫を煽って喧嘩を売る。


「後悔しても知らないわよ?」


「それはどっちだろうな?」


寝転がる夏を見下げるように殺意を込めた瞬間。

魚姫の首元が光だしそれは魚姫を絞め上げる。


「こぉ…っ!!?がっ……ぁ…っ!!?」


「驚いたか?」


「あっ…がぁっ!!お前っ!!…なにを…」


「まだ監獄のが幸せだっただろう?この技は対象が気絶状態で尚且つ首に直接触れないとできない技でな。警戒心が強すぎたお前にはなかなか隙がなくてな。鬼のお嬢さんのおかげで使えたんだ。」


じたばたする魚姫は苦し紛れながらもケラケラと笑う夏を睨めつけていた。


「この技はアタシの言うことは勿論悪意や殺意までもがその技を伝ってアタシに届くから。それをどうするかはアタシの匙加減ってことだ。」


「…っけほっ!!貴様ぁ!」


「夏様ね?また絞められいの?」


「……っく…」


「いい子だね。明日謝りに行くからね。」


「嫌…」


「……………。」


「わ、わかった…。」


こうしていぬこと椿の活躍により、魚姫は夏により制御下に置かれ騒動は落ち着いたのだった。

いぬこ宅にて夏様と騒動の主犯である魚姫が訪れ改めて魚姫は渋々謝罪をする。


「この度は私のせいでごめんなさいでした。もうしません。」


「…こいつ全然反省してないじゃない!!アトラスもなにか言ってあげなさいよ!」


「……私はもういいかな!」


「なっ!なんでよ!こいつのせいでアンタは…」


「お姉ちゃんありがとう!でも…ごめんなさいって謝ってるなら許してあげないと。いつまでもピリピリしてるのは私は好きじゃないな…って。」


「…………。アンタがいうなら…仕方無いわね。」


「夏様も魚姫をあんまり怒んないであげて?」


「……………。わかったよ。」


「お姉ちゃん!」


アトラスは立ち尽くす魚姫の手を取りニコっと笑う。

突然のことでびっくりしたのか魚姫は少し身を引く。


「な、なによ…急に。」


「私ね!もっとたくさん友達が欲しいの!だから!ひめちゃん!友達になって!」


「……アトラス…。」


「……ひめちゃんって私のこと?」


「そうだよ!魚姫って言うから…うーちゃんかひめちゃんで悩んだんだけど…。もしかして…嫌だった?」


「…………。貴方は変な子ね。」


首を傾げるアトラスの頭に手を置き優しく撫でると魚姫の表情に少しだけ笑顔が宿った。

なにか雰囲気的にリューコがそれを見て不機嫌そうだったのは言うまでもない。

その後数週間が経ちいぬこ達は夏期の終わり頃を迎えていたのだった。


END