夏期祭エピソード

幽閉人魚の件が落ち着いた後、夏期も終盤を迎えていた。

海岸近くでは恒例行事とされる夏期祭が開催される予定だ。

夏期の最後の締めくくりとして各方面からこの夏期祭へと足を運ぶ人たちも多い。

海中神殿からその様子を見る夏期担当。

夏様はアトラスと一緒に見ていた。

アトラスが目を輝かせながら眺めている。

夏様はアトラスをみて一言。


「行ってみるか?」


その言葉を聞き飛び上がり喜ぶアトラス。

近くに魚姫も一緒にいるが魚姫が険しい顔をしている。


「なんだ?魚姫。お前も来るだろう?」


「私はべつにいいです。面白くなさそうだし。」


あの一件以来、落ち着いている。

大人しくなった方ではあるが、いじけているようにも見える。


「えー!ひめちゃん!一緒に行こうよ!」


「嫌です。ムカつくだけです!」


「なんで?なんで怒るの?」


「あなたには関係ないです!」


「…私は…ひめちゃんと行きたいな…」


アトラスが魚姫に近づき上目遣いで攻撃する。

いかにも嫌そうな顔を魚姫はしているが…あの魚姫でさえも調子が狂わされるらしく。


「……アトラス…あなた…無意識でそれ使ってるの?」


「へ?…なにが???」


「…………はぁ…。…わかった。着いていくだけよ。」


「いいの!?やったああああ!!」


「魚姫もアトラスにはずいぶん弱くなったな。」


「ただの気まぐれよ。」 


そんなこんなで夜になり夏はアトラス、魚姫を連れて陸に向かった。


「おーい!こっちこっち!」


大きくいぬこが夏様達に手を振り自分たちの居場所へ誘導する。

いぬこ達は夏期祭の屋台の手伝いに借り出されていた。

誘導された屋台は山イノシシの串焼き屋台。

黙々と肉が焼ける具合を見ながら、いぬおは必死に串焼きを焼いていた。


「おう。いぬこ!やってるなぁ。」 


夏様が声をかけ軽く挨拶する。

するとアトラスが匂いに刺激され口元から涎が垂れ放題だった。

それを魚姫がヤレヤレと言わんばかりにいぬこに駆け寄り手持ちの硬化水晶を手渡し焼きたての串焼きをぶんどる。


「ほら、熱いから気をつけて食べなさい。」


アトラスにヒョイッと渡した後照れ臭くなったのかそっぽを向いてしまう魚姫。

アトラスは勿論大喜びで魚姫に感謝する。


「ひめちゃん!ありが…」


ぐぅ~…っと魚姫のお腹がなってしまい魚姫はますますその場に居づらくなったのか変える方向に駆け出そうとする。


「っ⁉」


「待って!ひめちゃん!」


アトラスが魚姫の裾を掴み引き止め魚姫の前に顔を出す。


「ねぇ?一緒にたべよ!」


「い、いらないわよ!」


「魚姫?聞いてやれよ。アトラスはお前が好きみたいなんだ。」


「は?!はぁっ?!」


アトラスは手に持っていた串焼きを魚姫の口元に突き出しニコニコとした表情。


「はい!あーん。」


反射的にだが口を開けて串焼きを一口。

口の中で凝縮されたイノシシ肉から閉じ込められた肉汁が溢れ出し本来クセ強めとされるイノシシ肉が別物の高級肉のように美味しく感じられる。

魚姫は口をモグモグさせた後、再び、串焼きを頼みに屋台で注文している。


「ひめちゃん…美味しかったんだ!よかったぁ!わたしもたーべよ!」


小さな口でガブリと一口。

アトラスは溶けた。


「ふぁ…ぁ…お、美味しぃ…なにこれ!」


「そんなに美味しいのか?」


アトラスの美味しそうな様子を見ると夏様も食べようと並ぼうとしたところいつの間にかいぬおが悲鳴を上げるくらいに逆にてんやわんやだった。


「あねきぃー!!へるぷ!へるぷ!てつだってくれー!!」


大盛況というやつだ。


「すみません!夏様!弟助けに行かないとまた終わり次第に神殿で待ち合わせでどうでしょう?」


「そうだな。わるいな。話長々と」


「いえ!ではまた後ほど!」


いぬこは一目散に屋台に戻っていった。

少し残念そうに溜息を吐くとボソッとつぶやいた


「串焼き…食いたかったな。」


ボソリと呟くと魚姫とアトラスが顔を見合わせ、息ぴったりのタイミングで串焼きを二人で夏に向け手渡した。


「あげる!」

「あげるわ」


夏クスリと笑い二人の頭をなでた後山イノシシ串焼きを口いっぱいに頬張った。


「ん!?くっそ!うめぇな!これ!」


「ねー!」

「ほんとね。」


「お前らもう仲良しさんだな?妬けちまうぜ。」


夏は魚姫の方をニヤニヤ顔で見つめると魚姫が不機嫌そうに睨んでいた。

アトラスはというと二人の手を取り次の屋台を周ろうと足を進める。


「ちょっ!急ぐな!あぶねぇぞ?」


「そうよ。足つまずいたりでもしたら…」


アトラスはピタリと足を止める


「なっちゃん!ひめちゃん!私ね!すっごく今幸せだよ!」


「……………。」

「……………。」


「私はなっちゃんに会うまでは1人だった。お父さんもお母さんも…私にはいなかったけど。…でもこれが…家族って言う感じなのかな?凄く私!幸せだよ!」


その言葉を聞き流石の二人の表情は変わる。


「アタシも幸せだ。魚姫もだろ?」


「………私は……」


「…………。」


「そうね。昔を忘れてしまうほどに今に恋しているわ。」


夏と魚姫はアトラスの手を取りきらびやかな屋台の光の中を進んでいくのだった。


場面は変わりリューコ視点。


「たっく…なんでリューコがこんな事しなきゃならないのよ。」


リューコもまた屋台で客をさばいていた。

リューコがいる屋台は勿論。


「すみませーん!ブルーハワイとイチゴ!ください!」


かき氷の屋台だ。

氷を操れるリューコは夏期祭のスタッフたちに目をつけられこうして手伝いをしている。

リューコ一人で屋台を周しているわけではないが、流石に客の勢いと熱気に疲れが出てくる。


「はぁ…まだこんなに…」


「ごめんねぇ…リューコちゃん。」


「べつに…引き受けたのはリューコだし。弱音は吐くけど、気に触ったなら悪かったわ。」


「いやいや!リューコちゃんのおかげでお客さん沢山来てくれたし、それに見て!あんなにも美味しそうに食べてくれる。」


スタッフの人の指差す方向に目をやるとそこにはニコニコとかき氷を美味しそうに楽しく食べている光景が目に入る。


「…………。」

自分のこの氷は人を傷つけてしまうものだったのに、今となってはこの氷は誰かを守ったり幸せにできる氷なんだ。

過去は消えない。

その過去があったから今がある。


リューコの表情が少し柔らかくなり笑顔になる。


「リューコちゃんもだれかと周るのかい?」


「え?いや…そんなことは…」


「おねぇちゃあん!」


大きな声で私に向かってくる何か。

アトラスだ。


「おねぇちゃん!やっと見つけた!一緒に周ろ!」


アトラスはリューコの服をぎゅっと掴みぴょんぴょんとはしゃいでいる。

しかし、リューコはまだ手伝いの途中。

ここで降りるわけにはいかない。


「アトラス…ごめんね。リューコまだ…」


「いいよ!いっといで!」


「え?」


「いやでも!リューコがいなきゃ…」


「大丈夫!氷だけおいてってくれると助かる!」


スタッフは察しが良い。

アトラスが一緒に周り多そうにしていたのをみて見ぬふりは出来なかったらしい。


「ごめんねぇ…リューコ借りてて。」


「大丈夫!今から一緒に周れるから!」


アトラスは元気いっぱいに答えるとリューコの手を引き駆け出していった。


「ちょっ!アトラス!!」


「あははは!」


リューコはその後ヘトヘトになって溶けた。

アトラスがいぬこたちや夏と合流した後リューコはシスティとシスティアにより元の姿に戻ることが出来た。


「助かったわ…ありがとう。」


「リューコって溶けるのね?」


「………溶けるらしいわね…リューコも初めての経験だったわよ。」


システィが不思議そうに見つめる中でリューコは自分の不甲斐なさに少し落ち込む。

アトラスは変わり無く元気にはしゃいでいた。

リューコに代わり椿とツキノが今度はアトラスと的屋を周ったりしていた。


「アトラスやりたいやつはあるか?」


「ボクたちがリューコさんに代わり相手をしてあげますよ!」


「じゃあ!射的と型抜きと輪なげと…」


「いいでしょう!全部周ってやりましょう!むふー!」


「ツキノあんま飛ばしすぎるなよ?」


「ついでに椿さんとも一度ばちって見たかったのですよ?」


「ほぉ?そりゃ…楽しみだな。」


「二人共はーやーく!」


アトラスは二人の手を取り順に周っていった。

一方、システィとシスティアはリューコを手当した後リューコが2人も周ってくるように提案する。

提案を受けた二人だが実はとっくに二人で夏期祭を周っており帰ってきていたらしい。


「姉さま!私達も行きましょうよ!」


「いいわよ。じゃあ行きましょうか。」


出だしは良かったらしい。

夏期祭はあちこちからくる人々でかなりの人だかり。

それはもう…兵隊か何かかと間違えそうになるほどに。

人々の海に飲まれ押しくら饅頭状態。

蒸し暑く体力を持っていかれたそうだ。


「はぁ…はぁ…システィア…大丈夫?」


「えへへ…」


システィアはその時システィの胸に顔があり、気持ち悪い表情になっていた。


「姉さま…夏期祭とは…最高ですね…」


「ちょっ…よだれ!」


システィは強引にでもなんとか切り抜けようとシスティアを引っ張り抜け出せた。

様々な屋台が並ぶ中でシスティの目に止まったのはふわふわしている雲のような物。

不思議そうにその屋台にシスティアと向かう。


「システィア?これは何かしら?」


「これは砂糖で出来てますね。甘い香りがします。」


屋台の前で話し込んでいると屋台のおじさんが二人を見て説明をしだした。

どうやら「わたあめ」というお菓子らしい。

システィはどんなものか興味が湧き試しに一つ購入。

串に刺さった雲。

不思議な光景で360度回転させて眺めたりした。

システィの行動を横目で見ていたシスティアはクスクスと笑い出した。


「姉さま…なんだ可愛いです。」


「え?」


「子どもみたいに目をキラキラさせてましたよ?」


「うそ!?そんな顔してたのかしら…。」


「そんな表情も見られたので私は嬉しいです。」


「何だか…これじゃシスティアの方がお姉さんって感じがして何だか悔しいわ。」


システィアと軽く話た後。

小さな口で一口わたあめを食べる。

ふわふわが一瞬で溶けた。

溶けた瞬間甘いシロップが完成。

唾液と混ざり合う事で口いっぱいに甘みが広がる。

不思議な感覚にシスティも思わず顔が緩み笑顔がこぼれた。


「システィア?わたあめ…美味しいわ…。」


「姉さま…良かったですね。」


微笑ましい限りでシスティはシスティアにわたあめを突き出し二人で一緒に食べることを勧めた。

突き出された部分はシスティが食べたあとにだった為じんわりと砂糖が溶けたあとがいやらしく見えたシスティアは目の色を変えてこいつやべぇやつって顔になりかけていた。


「普通に食べなさい。」


「………すみません…姉さま。」


その後も二人で夏期祭を満喫。

いぬこたちと合流し、休憩していた。


「あんたたち良かったじゃない。」


「そうね。」


「はい!また姉さまと二人で夏期祭周りたいです!」


3人が談笑して話しているといぬこといぬお、夏と魚姫がこちらに向かって来た。その後に椿やツキノ、アトラスも帰ってきたのでおそらく頃合いが近いのだろう。


「おーい!3人ともー!特等席に行くよー!」


「特等席ってどこ?」


「さぁ?まぁ…大体は予想つくけど…。」


「まぁ…いきましょう!」


ベンチに腰掛けていた3人は腰を上げいぬこたちの後に着いていく。

着いた先は海中神殿。

現在は浮上している。

広いテーブルと長椅子に腰をかけて、各々が購入したものを広げたり雑談を交わす。


「てゆうかなんで海中神殿なんだ?」


素朴な疑問を椿が投げかけるといぬこがそれに解答。


「簡単に言うとここのほうが広いし!落ち着くし!テーブルあるし!くつろげるから!!」


凄く私欲だった。


「そうなのか。」


「ここからはいい花火が見られるからって姉貴が夏様に誘われたからなんだよ。」


「なるほどですね。花火ですか…。」


「花火ってなに?」


「まぁ…見たらわかるよ。すっごく綺麗だよ。」


海中神殿は夏様の意思で形を変えることもできる。

そのため外壁を無くしくつろぎながら花火を観ることができる。


「そろそろ始まる頃だろう。」


するとヒュルルル〜…と先程いた夏期祭の海岸近くから何かが空中に向って打ち上がる。

それは天に大輪の花を咲かせた。

ドーン!ととても大きな音に体に衝撃が伝わる。

大きく綺麗な夜空に咲く大輪はその後間隔を開けいくつもの花を打ち上げた。

色が違うもの形が違うものどれも綺麗で皆の心を奪う。


「綺麗」


この言葉が出ない者はあまりいないだろう。

夏期祭の終盤。

最後の一玉が打ち上がり特大の花火が夜空に咲いた。

いぬこは事前に皆で言おうと思って伝えておいた言葉がある。


「せーの!」


「「「たまやー!!!」」」


夏期祭は何事も無く幕を閉じた。

その後、夏、魚姫、アトラスとわかれいつもの皆で我が家に帰る。


「すごく綺麗だったわね。」


「そうだな…俺も見たのは初めてだった。」


「ボクは知ってましたけどね!むっふふふ!」


帰り道でも花火の話や屋台での出来事で持ち切りになり楽しい思い出としてきざまれたのだった。

家につくと毎度のごとくそれぞれが適当に過ごし今日という日が過ぎていった。


海中神殿にて


「今日は疲れたのかもうぐっすりだよ。」


「そっ。」


アトラスは夏のひさで気持ちよさそうに眠ってしまっていた。


「それで…まぁアタシもちょっと眠くなってきた。」


「はぁ…アトラスはなんとかしておくわ。海中神殿も沈んでるし、ここの管理はやっといてあげる。」


「悪いな。」


「べつに…」


「なんだ?さみしいのか?」


「いや…それは貴方なんじゃない?」


「……………。」


「図星?ふふふ、案外子どもね。」


魚姫はアトラスを抱えようとし夏に近づく。

夏に近づいた時の魚姫はアトラスと一緒に夏に優しく抱きしめられる。


「…え?」


「寂しいぜ?結構。今回は特にだがな。」


「な、…なに…。」


「だってさ、楽しかったから。」


夏は困惑する魚姫に笑顔を向けるがそれもどこか無理してるように感じ取れる。

それを見た魚姫は柄にもなく大嫌いだった夏にキスをする。

意外にも夏もそれを受け入れる。

優しいキスだった。

間にアトラスが挟まっているにも関わらず。

キスを終えると夏が魚姫を見て微笑む。


「なんだ。アタシのこと大好きじゃねぇか」


「そうゆうとこ大嫌い。とっとと寝れ!!」


「言われなくてもな。」


夏の姿は泡のようになり消えていく。

アトラスをの頭をなでた後最後に


「魚姫。またな。」


END



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